▼10-11時(カイ・ヤク・レキ)
「いいか!俺と回るなら覚悟しろよ!」
アーケードを抜けたところで、ヤクモは首を締めつけるカイの腕からようやく抜け出した。
そしてショルダーバッグの中から持参したらしいパンフレット取り出すと、両端を掴み勢い良くバサーっと広げてみせる。
「こうなったら一番効率良く尚且つ人気アトラクションを全て網羅してやる──ってちょっとレキどこ行った!」
気付けば彼らの後ろを歩いていたはずのレキが居ない。
一方でカイはヤクモの広げたパンフレットを覗き、その書きこみの多さに爆笑していた。
真面目な副会長はすでに下調べバッチリらしい。
「スゲーなヤクモなんだこれははははっ!調べ過ぎキモ!」
「当たり前でしょーが。俺が行くからには絶対に損してたまるか!ちょっとほら何してたのレキ……ってキモっ!俺よりあっちだってキモイって!」
指をさして『キモイ』を連発するヤクモに向かって、ようやく追いついたレキは眉を寄せて舌打ちをする。
「……は?なんだヤクモうるせ」
しかしその頭にはなんとも可愛い──
「うおおっ!いいなーレキ、ミニーちゃんじゃーん!」
なんとも可愛いミニーちゃんの耳が乗っていた。
付属している赤地に白い水玉模様のリボンが揺れて、そのラブリーさをさらに引きたてている。
そんな姿を前に興奮で震えあがるカイと、全身に粟立つ鳥肌で震えあがるヤクモ。
「いやキモイって、うわキモイって──っぶなぁ!」
「だからうるせって」
尚も騒ぐヤクモの顔面擦れ擦れをレキの拳が掠める。
「なんだテメーそれ買ってたのかよ」
「そこに売ってた」
「ていうかなんでミニーなわけ?うわー、おっそろしくリボン似合わないんだけど」
ヤクモの冷たい視線もなんのその。
さして気にする様子もなくミニーのネズ耳を着こなすレキと、どう見ても羨ましそうにその耳を見つめるカイ。
「なんでって……リボンがある方が似合うだろ」
「……は?似合うって、あんたに?」
「いや、ユヅ──っ」
「あぁ分かった言うなこんなところで惚気なんか聞いてたまるか!俺だってこいつさえ居なければっ!」
どうやらあの耳は、本日一緒に来れなかったユヅキへのお土産にするつもりらしい。
どうせまた嫌がる少年に無理矢理付けて遊ぶつもりなんだろう。
レキの意図を理解したヤクモは、バチンと良い音をたて手の平で相手の口を塞ぐと、恨みの籠った目で横の生徒会長を睨みつける。
だが、睨みつけたその相手は飄々と。
「よーし、じゃあ俺ミッキー!」
再びアーケード内へと走り去ってしまった。
「だからいい加減にしろよてめぇらあああっ!動くんじゃねえええっ!」
「……ヤクモはしゃぎ過ぎで素が出てるぞ」
「はしゃいでねぇよ!俺はまだ全くはしゃげてねぇよ!」
そしてミッキーの耳を頭に付けたカイがスキップ混じりのルンルン気分で戻ってくる頃には、ヤクモの苛立ちは早くも爆発寸前だった。
なんとか気を取り直して、再度荒々しくも持参のパンフレットを広げる。
「なんでこんな出だしで時間食うんだ回りきれねぇだろ。いいか、まずはこっちの──」
「俺スプラッシュ!マウンテン!」
「一回くらい聞け俺の話を!」
「あっ、ていうかやべー、忘れてた」
カイは完全にヤクモの声を聞き流して携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで電話をかけ始めた。
長いコール音ののち電話口から相手の声が響く。
『……あー、もしもし……?』
「出るの遅ぇーよ馬鹿!この召使い2号!」
『だから俺いつから召使いになったの!?』
電話の向こうで怯えながらも声をあげるのは、つい先ほどカイが入り口で置き去りにしてきた二年生トリオのトカゼだ。
そしてそんな会長の後ろでは、自分を無視するカイに殴りかかろうとするヤクモ、そしてさらに後ろでは、そんなヤクモを羽交い絞めにして先程カイが買ってきたヤクモ分のネズ耳を装着してやるレキ。
なんとも混沌とした光景が繰り広げられている。
『で。え……ていうかなんの用ですか?』
「そうそう!俺さ、これからスプラッシュのファストパス取ろうと思ってんだけどよ」
『あぁ、俺たちも今それ考えてたとこです』
そのやり取りを聞くなり後方でヤクモが『カリブが先だ!』と叫び、せっかくレキが装着したネズ耳を地面に叩きつけてしまったため、当のレキに頭をぶん殴られていたりしたのだが、それらの騒ぎを馬鹿笑いと共に眺めながらカイは『先輩』という権力を思う存分後輩に振りかざした。
「なんだ、ならちょーどいいじゃん?テメーらさ、そのファストパス取ったらこっちに三枚よこせよ」
『……は?え?……はあぁぁ!?ちょっ、なんで!?』
「俺らが二回乗りたいからに決まってんだろーがっ!あぁ!?」
『嫌だ!理不尽!』
「来年の花見も場所取りさせるぞこのクソボンボン!」
『そ……っ、う、おお…………はい。……あっゴメンってツユキ痛っ、痛い蹴らな──』
「じゃあ今からスプラッシュ前集合な!」
揉め始めたらしい二年生に構わず場所の指定をすると、罪悪感など微塵も感じていないだろう笑顔でカイは電話を切る。
そして無言でグッと親指を立てたレキに同じく親指を立てて返し、渋々ネズ耳を付けたらしいヤクモを引きずりスプラッシュマウンテンへと向かったのだった。
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