▼OP(adiantam)

昨日の豪雨の名残を幾らも見せず、澄んだ蒼が天を占領している。

照りつける太陽の下に出るとじりじりと素肌が焼かれるほど。
時間が経つにつれ暑さが増すであろう天気にうんざりする。

が、しかしそれさえも自らの気分を高揚させる材料にしてしまえる人はいるものだ。


「ただいま僕の舞浜ー!」


馨は駅の改札を抜けた瞬間に手を掲げてそう叫んだ。


「いつから馨は千葉県民になったんだ」


彼に続いて出てきたのは聡史を始め、お馴染みの面々。


「二十歳までになってみせるよ、厳密に言えば浦安市民ね!それで成人式にタダで夢の国に入るの」

「そのために!?」


呆れてみせる穂鷹もその表情は緩んでいる。
浮かれているのはどうやら馨だけではないらしい。


「お前等こういうの好きだな」


二人とは違い、しれっとしている響は直接当たる日射しが鬱陶しいらしく目を細めた。


「大好きだよ!今日だってホントは8時半の開園ジャストに雪崩れ込むはずだったのに、もうとっくに9時過ぎてるってありえないよもー」

「遅くなったのは東京駅の売店一つ一つに足止め食らってた馨のせいでしょうが」

「だって東京ばななも鳩サブレーもごまたまごもあったんだよ!?」

「これからディズニー行くって人がお土産買い漁ってどうするの!」


結論として、到着が遅れたのは他でもない馨が原因だった。


「なーなーディズニーには瞬間移動で世界各国に不法出入国しまくってる二足歩行のネズミがいるって本当?」


穂鷹のシャツを引っ張った俐音は冗談を言っている感じが全くしなった。
真剣に答えを求めている、そんな目だ。


「あながち間違いとも言えないけど……」

「てか鬼頭、誰から聞いたその偏った知識」


聡史の問いに俐音は後ろを振り返った。
そこにいたのは季節感のない涼やかな笑みを湛えている壱都だった。


「嘘は言ってないよ」

「嘘じゃなければ良いってもんじゃないだろ」

「うん俐音ちゃん行ったら分かるから。あそこのゲート潜ったらすぐネズミの正体分かるから」


世界的に有名なキャラクターだ。
今はピンときていないようだが、さすがの俐音も知っているだろう。


「ネズミなんて無粋な言い方しないで!彼はミッキーという名のミッキーとう種族。それ以外の何者でもない!」


言い切った馨を見た全員が「え?」と一瞬止まった。

彼の頭には丸い動物の耳の形をしたカチューシャがついていたのだ。


「何でもう既にネズ耳ついてんの!?まだ夢の国入国してないのに!」

「気ぃ早過ぎ」


入場を待ちきれず、途中にあったストアで買ってしまったらしい。
さっきまで穂鷹達と話していたというのに、驚くほどの早業に感心してしまう。


「つーかミッキー"マウス"だろ。名前にネズミってついてんだから、奴はネズミ以外の何者でもねぇよ」

「だから!そういう冷めた事言っちゃダメなのー。そんな響も夢の住人になっちゃえー」

「え、ちょ、馨それ……あー!!」


誰にも馨を止める事は叶わなかった。
あっという間に馨は自分の頭についていたもの、ネズミの耳のカチューシャを響の頭に乗せた。


「………」

「………」

「あ、あそこで荷物チェックしてるよ。響そのまま通りなよ」


皆があまりのキャラとのギャップに唖然とする中、壱都だけが動揺せずに言ってのけた。


「い、いいんじゃないか?おのぼりさんみたいで可愛らしいじゃないか。今日が楽しみで楽しみで仕方なかったんです、みたいな……」


俐音は頬を引き攣らせている。
込み上げてくる笑いを堪えようとすれば肩が震えた。


「なら俐音がつけろや」

「いやいや、私は遠慮するよ似合わないから。それは響だから良いんだって意外性ってのは大切。盛大に笑われてみなって」

「お前いっぺん殴らせろ」

「何でだ!嫌に決まってんだろ!」


伸びてきた手を間一髪で避けた俐音は、尚も迫り来る響から逃れるために猛ダッシュで走り出した。
荷物チェックも素通りする。


「お、お客様お荷物を……!」

「手ぶらですー!!」

「お客様ーっ!」

「すみません大丈夫です本当にあの子荷物何も持ってないんで!本っ当すみません!」


基本的に全員が手荷物を持っておらずあっさりと通される中、頭を下げまくる穂鷹とその隣で笑い転げる馨が中々ゲートを抜けられなかった。


そうして彼等が無事入園出来た頃には10時になっていた。

これが彼等自身にも予想外なほど、長い長い一日の幕開けだった。



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