▼11-12時(俐音・穂鷹・壱都)


ギギギ
雰囲気を醸し出す軋み音を立てながら、気の戸が開く。
すぅと足元から冷気が流れ出した。

長蛇の列を並び漸くホーンテッドマンションのアトラクションに辿り着いた俐音は恐る恐る中を覗き込んだ。

細部まで凝ったおどろおどろしい装飾を施している屋内は薄暗く、洋風お化け屋敷と言うに相応しい。


「もおおー!響達はどこ行っちゃったんだよ」


味方が少ないのが心許なく、ここにいないメンバーに恨み言を言う。
今俐音を挟むようにして立っているのは、穂鷹と壱都だ。後の三人は消えた。

正に消えたとしか言いようがないくらい、忽然と姿が見えなくなってしまったのだ。
確か、スプラッシュマウンテンがどうのと馨が話していたような記憶はあるのだが。


「多分、馨が暴走したのを聡史先輩が止めに行って響は巻き込まれたんじゃないかなぁ」

「小暮先輩ご苦労様です……」


何処かにいる聡史に合掌する。


「ファストパス取りに行ってるんだって」


携帯電話を弄っていた壱都が顔を上げた。どうやら馨とメールをしていたらしい。


「で、そのまま違うアトラクション並ぶって」

「へーじゃあ下手に落ち合うよか、もうバラバラで回った方が良さそうだね」


所狭しと走り回っているだろう馨もナイトパレードには足を止めるだろう。
その時に再会すればいい。


「じゃあそう返しとく。穂鷹が『あいつ等と一緒にいるの疲れんだよ、夜まで別々でよくね?』って言ってるよ……と」

「やめて!壱都先輩ちっともそれ事実含まれてないよ嘘やめて!」


カチカチカチ、と文字打ちをしているが、まさか本当に言った通りの事を打っているのだろうか。
穂鷹は覗こうとしたが、絶妙な角度で画面を確認出来なかった。


「違いますって先輩『あの三人シンデレラ城に迷い込んだまま出られなくなればいいのに』ですよ」

「俐音ちゃん何それどういう意味!?なんでシンデレラ城なの、え、オレがそれ言ったの?いや言ってないし!」

「………」


一気にまくし立てた穂鷹を二人は静かに眺めた。その視線はそこはかとなく冷ややかだ。
何か失言してしまっただろうか。そのテンションの差に穂鷹は段々て恥ずかしくなってくる。


「……ど、どうしたの?」

「いや穂鷹ツッコミ下手だなぁって」

「ひどーっ!」


あまりにも酷い言葉に打ちひしがれる穂鷹のウエストバッグが振動した。
原因の携帯電話を取り出してみればメールを1件受信している。


「あれ響からだ」


from:響
sub:(non title)

おまえぜったいしんでれらじょうのてっぺんからつきおとす死ね


「なんか呪いのメール来ましたけどー!?先輩何送ったんですかっ!しかも響って……選りにも選って響って!」


メールの末尾だけが漢字変換されているのが逆に恐ろしい。
壱都はニコニコと見返してくるだけ。
送ったメールの内容を教える気はないようだ。


「うわぁ響がシンデレラ城って言うと、ここと大差ないホラーな感じするなぁ」

「俐音ちゃん呑気な事言ってないでオレの命の心配してよ……」


そうこうしている間に奥へと進み、もうすぐ順番が回ってきそうだ。


「見て俐音、あれに乗るみたいだよ」


壱都の指した方を見ると、黒い卵型の乗り物が流れるように移動していた。


「うわー早く乗りたい乗りたいです!」


途端に目を輝かせ始めた俐音に「そうだね」と壱都は微笑みながら、さり気なく彼女の手を握った。
俐音は乗り物に気を取られているからか特に何も言わない。

その代わりに目敏く見咎めたのは言わずもがな穂鷹だ。


「ねぇオレの事無視?てかその手……ちょっと、え、恋人繋ぎ?やめよ?二人の世界入るのやめよオレ忘れないで、目の前にいるんだから!」

「何名様ですか?」


ちょうどその時、案内係が声を掛けてきた。
すかさず答えたのは壱都だ。


「二人」


その隣では俐音も指でブイの字を作っている。


「三人!三人です、幼稚園児でも答えられる簡単な問題だよ!間違えないで!」

「……お前恥ずかしい」


大声出すなよと迷惑そうに見た。
だが穂鷹はそれどころではない、ここで仲間外れにされるわけにはいかないのだ。


「嘘だよ穂鷹、大丈夫」


必死な穂鷹に壱都はいつになく柔らかい声音で答えた。


「どうせこれ二人乗りだから」


案内係の人も苦笑するばかりだ。
しかも相談する余地もなく、あぶれるのは穂鷹に決まってしまっている。

泣きたい。

この歳になって仲間外れにされて涙が出そうになった。


穂鷹はアトラクションの最後の大きな鏡を見たとき、自分の隣に幽霊が座ってくれているのが映っていて心底嬉しかったという。



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