▼16-17時(アゲ・ツユ・トカ)

小走りでツユキが二人の元へ戻ると、やはりというか当然というか、揉めごとは全く改善の兆しを見せてはいなかった。


「ちょっとツユキどこ行ってたの薄情者!」


悲壮感を漂わせながらも非難するような、そんなトカゼの声に『あぁー……』とため息を吐きながら小さく肩を落とす。


「あっちで男の子がファストパス落としちゃってて。それ拾ったから返してきた」

「男の子?」

「そう。同じくらいのね、優しそうな……あぁ、なんかトカゼっぽかったよ」


視線を彷徨わせて良い例えを探していたツユキが、閃いたようにポンと手を叩きトカゼを見る。
先程出会った彼の纏っていた空気は、どことなく今のトカゼに似ていた。


「連れの男の子たちもカッコ良くて……あれ?でもあの子も男の子なのかな?遠くてあやふやだったけどどっちかというとボーイッシュ的な……?」

「……俺っぽいって、きっとその人も苦労してるんだろうね……同じ胃痛仲間だったら大歓迎だー」


そこはかとなく遠い目をして、青年は自分の腕の先へと視線を辿る。
その先に握られていたのはアゲハの腕。

前へ進もうとするアゲハと引きとめようとするトカゼ、両者の腕には血管が浮き上がるほどの力が込められていた。

そんな光景にツユキは『もうっ!』と大きく肩を揺らす。


「アゲハってば!お土産なら最後にしようよ!」

「ええっ!?いや、そういう問題じゃないよ!?」

「俺はジャック船長の帽子をかぶって回りたい!買いたい!」

「もおおおアゲハアアアっ!」


繰り返される終わりの見えない問答にトカゼが叫ぶが、その想いは目の前の青年には届かずむくれた顔を返された。
顔が良いだけになんとも可愛らしく見えるものの、そんな表情に騙されるものかとトカゼも譲らない。


三人はビッグサンダーののち、午後一番でツユキ希望のカリブへ向かったのだが──そこで予想外の事態が起こる。

そのアトラクションで突如アゲハが夢の国の素晴らしさに開花してしまったのだ。

アトラクションが終わる頃には、彼の青い瞳はこれ以上ないほどにキラキラと輝きを増していて『アゲハ面白かった!?』と自信満々に顔を覗きこんだトカゼとツユキは驚愕に襲われることとなった。

そもそもカリブを元にした某映画が以前から好きだったようで、海賊に憧れを抱いていたらしい。
『ネガヘタのくせに!』と思わずツッこんだトカゼは先程鋭いエルボーをくらったばかりだ。

アトラクションを後にしてからも『ジャック船長!ジャック船長!』と、もはやうるさい以外の何者でもない。


そして現在、その船長の帽子をかぶって園内を回りたいと言い張るアゲハとトカゼの押し問答に至るという訳で。


「あんな目立つ帽子かぶって満足そうに歩きまわる男子高校生なんて会長たちのあの馬鹿さ加減と同レベルだよ!?」

「トカゼとんだ本音がもれてる!」

「カリブまたあとで乗ろう。絶対乗ろう。俺はもう一度乗らないことには帰らないぞ」

「じゃあもう一回乗ってもいいから帽子は諦めて次行こうよ」


トカゼの提案にアゲハの眉がギュッと寄った。

相変わらず両者の腕は血管が浮き上がりプルプルと震えたまま。
耐えかねたツユキがアゲハの背中を叩く。


「……そんな究極の選択を突きつけられたみたいな顔しなくても。良いよアゲハ、最後にトカゼに内緒で買いに行こうよ」

「……そうする」


ツユキが提案してやればあっさりコックリと頷いた。


「それ俺の前で言ったらちっとも内緒じゃないよね!ちょっとツユキさんウチの子甘やかさないでくれますか!」

「えー……いいじゃん最後にお土産に買うくらい」

「そうだぞ本当にうるさい奴だな。トカゼみたいな親なんてこっちから願い下げてやるのに」

「おま──っ、俺はお前たちのためと思って……っ!俺の方がおかしいこと言ってる!?」


頭を抱え始めたトカゼからようやく腕を解放され、アゲハはツユキとパンフレットを広げ始める。



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